伝承
昔、光と闇は共に在り。
やがてそれ双つに分かれん。
一つは敬いとして、光の神。
一つは恐れとして、闇の魔。
やがて両者対立し、
争いが起らん。
波紋は、人間界に及びて、
勢力互角なり。
時、長んずれば負傷多く、
神と魔、
肉体を失わん。
かくして、神・魔の戦いに勝者無く、
持ち越されたる争い、
一つの魂、二つに引き裂かれし時、
聖獣の地に再来す。
時。満つれば、
聖獣の子ら集まりて、
魔を打つべく戦わん。
他界より助力あらん。
その者、強き意志を抱きし者なり。
死者多く、大地哀れなれ。
炎は天を焦がし、
風は啼き、
川は雄たけびをあげる。
やがて起こりし悲劇の、
黄昏に、
何を見い出し、何を望むのか。
新たな世界はそこにや在らん。
序幕(壱) 青龍の里
雨雲ほ昼過ぎから空を覆い、夜には嵐となって屋敷の雨戸を激しく打った。
処は青龍の里、長の屋敷であった。この日、村の衆は嵐にも関わらず長の家に集まり、
あわだたしく働いていた___長の世継ぎがお生まれになるとの報を聞いたからである。
ところが一方、奥様ことエスタの部屋では重大な問題が湧き起こっていた。
只一人エスタに付き添うことを許されていた侍女のレナは、小走りに広間に向かうと
近くに居たものにこう尋ねた。
「長はまだお戻りにならないのですか?」
「玄武の村には歩いて三日は掛かります。伝令にはもちろん部属の中でも足の速い者
2名に任せておりますが、休まずに走っても着くのは明朝。いえ、嵐のために更に遅れることかと。
伝令さえ伝われば、長は『青き玉』をお持ちのはずですから、すぐお戻りになることが
出来るのですが___。」
「そうですか・・・。」
それだけを聞くとレナは急ぎ足でエスタの部屋に戻っていった。
「奥様。長がお戻りになられるのは早くて明日の朝だということでした。」
エスタのベットの傍には大きめの篭には、男の子と女の子の赤ん坊が愛らしく眠っていた。
「ふう。まさか、やっとお生まれになったお世継ぎ様が双子とはのう・・・」
産婆のシェバがそうつぶやいた。
エスタは茫然と天上を見上げていた。そして、その目は真っ赤に染まっていた。
この頃聖獣の地では、双子は大いなる災いとして恐れられ、災いの起きる前___
すなわち生まれてすぐに、ふたり一緒に殺してやるのが習わしであった。
だがこの赤ん坊たちは、長夫婦が50歳手前にしてやっと授かった子であった。
そう簡単に割り切れるものではない。
エスタはレナに長の帰りを聞きにいかした時点から、ずっとこの言葉を胸に秘めていたのだ。
静かに、けれど力強くエスタは切り出した。
「シェバ、お願いがあります。」
「はい、婆やに出来ることでしたらなんなりと。」
「せめて、せめて一人だけでも助けてはもらえませんか。」
「奥様、それは・・・」
<以下 要修正>
けれど、シェバはその続きを言うことができなかった。
冷静に切り出したエスタの声が最後には震え声に変わったことと、頬を伝わり始めた
涙を見てしまったからである。
「婆や、私からもお願いします・・・」
レナも、涙を流しながらシェバに乞うた。
レナは幼い頃に両親を失い、侍女として長の家で育ったが、子を持たない長夫婦は
自分の子のように愛し、いつも優しい笑顔で答えてくれた。
その微笑みの中に秘められた悲しみが何であったのか、二十歳を目前に控えたレナには
痛いほど分かっていた。その夫婦のこのような不幸が納得できようか。
「お願いです、婆や。」
レナの言葉に、シェバも溜息をついた。
「・・・では、後継ぎには男の子がよろしかろう。男の子を残しなされ。」
「シェバいいのですか。」
「いまさら何をおしゃいます。ではエスタ。お前がこの子を始末するのじゃよ。」
「えっ。私が?」
「当たり前じゃろう、外は嵐。この老体と、エスタでは無理じゃろうが。」
「レナ、頼みましたよ、苦しまないようにしてやって下さい。」
突然、死の重みが自分の肩に掛かったことにレナは戸惑ったが、いまさら
エスタの願いを断わることはできなかった。
「わかりました、奥様。」
樹皮で作られた雨具で身を覆い、赤ん坊を背に屋敷の裏口から人目を忍んで抜け出したレナは
近くの森に駆け込み、大きな川のほとりにたどり着いた。
レナは、背から赤ん坊を抱きおろすと、その赤ん坊は一度にこりと微笑んだ。
その笑顔がエスタそっくりで、レナをまたしても現実に引き戻した。が、辺りは夜中の森、
誰も居ない嵐の夜。ただただ、レナの意識下には「殺せない」ということだけが根付いた。
赤ん坊が雨に打たれて泣き始めた。その泣き顔に、レナはその昔の両親を失ったときの自分を見た。
「この子を自分で育てたい。」そう思いもしたが、具体的方法が見つかる訳もなかった。
川は、雨の音にも増して、激しい濁流の音をゴウゴウと上げていた。
殺すことも出来ない。生かすことも出来ない。どうすればいいのか分からなくなり、悩み出した
レナはやがて、近くに打ち上げられた小船があることに気付いた。
そして、その川の云われについて思い出したレナは、その赤ん坊を木の小船に乗せ、
異界に通じるといわれるその川に流したのであった__多々の罪悪感と共に__。
片割れを失い、生き残ることを許された男の赤子は「シン」と名付けられ、長にそのことを
告げられる事無く、20年の時が流れた。
序幕(弐) 力王
異界からこの聖獣の地を尋ねて来たそのたくましい武者は、ある晴れわたった夜明け前、
聖獣の地の中心に位置する最も険しき山、『霊山』を登り切った。
汗を拭き取りながら、登り始めた朝日を見、その武者はすがすがしい気分に浸っていた。
ここ『霊山』には、古くからの言い伝えがあった。それは以下のような文句である。
「この御山登りし者よ。心清き者よ。只々祈るがよい。なれば己が願い叶えんが為、神々は降臨せん。」
この武者、己の世界では無敗の強者でありながら、人々を導く力が無かったため、
荒廃した国々を見ながらも、役立てぬ己に腹を立て、統率力なるものを得られればとこの地まで
やって来たのである。
だが神の降臨は無かった。武者は神が己を試しているのだと考え、その場に座禅をくんで待った。
一日、二日、三日、・・・、一週間・・・
___その頃天上界では、その武者に答えるだけの余裕が無かった。なぜなら、ここ近年に当たって
魔性の物が双対世界各地に多々出没し、その浄化の為に跳び回っていたからである。それ故、
しばらくすれば諦めるだろうと判断し、見て見ぬ振りをしていたのである。___
・・・一ヶ月がたった。さすがに鍛え抜かれたその武者も、殆ど喰うものも喰わず、
水も得られぬが為に、心身共に疲労していた。
それ故か、武者は常に抱きながらも否定し続けていたそのことを、己の中の醜い心が
一瞬肯定したのを感じた。
「神は荒廃した我等の世界をお見捨てになられるのか。しょせん神は作り出したる我等を
弄んでいるのか。ならば、俺は神をも従える力が欲しい。」、と。
この状況下で、戦いしか知らぬ男がふと神を恨んだとて誰がそれを攻められようか!
だが、この一瞬を逃さず、武者の精神に入り込んで来たものがあった。
神々がその力の邪悪さと強大さに気付いた時には既に遅く、頂にはもはや武者の姿は無かった。
玄武の章 明日那
玄武の明日那___玄武の村長が一子にして、村一番の強者なり。歳は二十歳、人望厚く、
常に大志を抱き、精悍で、日々精進を旨としていた___
その日も明日那は、ひとり森の中で修行していた。
そこは、村から一里ばかり離れた川のほとりで、近くに滝もあり、野獣も時々出没した。
3時間ほどたっただろうか?突然森の中が騒がしくなった。とっさに明日那は剣を構えた。
茂みから飛び出して来たのは熊であった。
ここで熊とで会うのは珍しくない。が、その熊は右腕の間接から先が奇妙な方向に折れ曲がっていた。
いつもなら殺さないで済むように振舞うのだが、今日ばかりはそうもいきそうになかった。
熊は視野に明日那を確認すると、猛然と雄叫びを上げながら、左腕を振り降ろした。
明日那は熊の一撃を軽くジャンプしてかわすと、落下の勢いと体重を剣をのせてそのまま
一気に振り降ろした。
次の瞬間、熊は絶叫を上げた。一方明日那は、素早く安全なところへ着地した。
剣は熊の頭に深々と刺さっていた。
数秒後、熊が崩れ落ちると、明日那は剣を引き抜いてその場に座り込んだ。
___さて、この死体をどうしたものか___
が、結論を出す暇もなく、明日那は茂みの中から他の気配を感じ取った。
だがそれは、野獣のそれではなく、現部の村の者のものでもなかった。
「誰だ!」
だが返事はなく、その代わりに一人の男が姿をあらわした。
歳、三五といったところであろうか。身長百九十を超える巨漢であった。
武器は一切持たず、小さな背負い袋を一つ、担いでいるだけだった。
そして不思議なことに、その男はかすり傷一つ負っていなかった。
この辺りの繁みには葉の鋭い植物が多い。男のように肌を露出させて歩けるところではない。
よっぽど皮が厚いのであろうか。
___そういえば、異界には死ぬまで旅しながら修行し続ける『武者』と呼ばれる者たちがいる
と聞いたことがある。___
その巨漢の男は、明日那が聞いて想像していた武者そのものだった。
明日那はその武者の鍛え抜かれた身体だけでなく、内に秘められた、不思議な、
大いなる力をも感じ取っていた。
その武者は、明日那の傍に倒れている熊を見ると、おもむろに口を開いた。
「若者。名は何という。」
「俺は、玄武の村の明日那だ。そういうあんたは何者だ。」
「神に挑みし者___とでも呼んでもらおうか。」
「なんだよ、それ。でもあんた強そうだな。この熊の右腕を折ったのもあんただろう。」
「・・・試してみるか?」
「えっ、いいのか?」
明日那はやったとばかり喜んだ。ここのところ人と組んだことが無かったのだ。
なにせ村の者では、明日那の実力に追い付けないのだから。
明日那は地面に剣を置いた。
「どうした。剣を使わんのか?」
「あんたが剣を持ってないからな!」
「後悔するぞ。」
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「いいだろう。しばらくこの辺りをねぐらにする。いつでも来るといい。」
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「では聞くが、お前のその力は何のための力だ。」
「邪な侵入者を排除し、この聖獣の地の安定を保つためだ。」
「正論ではあるな。だが、邪なものは元々門を越えることすら出来ん。
もし出来るものが居たとしたとして、平和なこの地で育ったものに
その強大な者に対抗するだけの力は備わらんさ。なら何故か?
本当の目的は伝承に記された、神・魔の戦いの代理を成すためにある。
お前のその力は、神々の勝手な予言のために使われるのだ。虚しいとは思わぬか?
己の目的の為にその力を用いようとは思わぬか?」
「それは・・・」
「明日那。お前に夢や希望はないのか?」
「それはある。」
「ではそのために力を使えばいい。」
「だが、それは多くの人を傷つけることになる。」
「傷つき、傷つけることを恐れるのは真の勇気ではない。己の信じた道は、
誰にも邪魔させない。それが真の勇気だ。」
「確かにそうかもしれない。だが、なにかが違うと思う。」
「よく考えてみることだ。」
「ああ。」
・
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・
「親父?おやじー!・・・」
「あんた、俺に言ったよな。あんたなら神を超えられるって。」
「ああ、そうだ。」
「なら、俺に見せてくれると約束出来るか?俺たちをこのちっぽけな聖獣界に押し込め、
弄んでいる神が俺たちと変わらぬ弱い存在だという証明を。約束出来るなら、
俺は一族を率いてあんたについて行く。」
「約束しよう。」
「それと、もう一つ。あんたの本当の名を教えてくれ。」
「・・・いいだろう、力王だ。よろしくな玄武の長殿。」
力王は右手を差し出した。
「力王か、いい名だな。」
明日那も右手を差し出すと、二人は堅く握手を交わした。
青龍の章 黒き剣__アミッシュ
その日は妙に胸騒ぎがしていた。
・
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・
そこには、父と青い甲ちゅうを着た男が血を流しながら横たわっており、黒い甲ちゅうを着た
男たちが不気味に立っていた。
「父さん!」
アミッシュが父の遺体に駆け寄ると、黒い甲ちゅうの男たちが口を開いた。
「我々が来た時には既に遅く、貴方のお父上は殺されていました
__その横に倒れている青龍の兵士によって。」
「・・・どういうこと?」
「話せば長くなりますから、とにかく遺体を埋葬致しましょう。」
アミッシュはその男たちに、なにか邪悪なものを感じたが、何にせよ状況を聞き出したかった。
父の遺体は、景色のよい小高い丘に埋葬された。
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「
___幼き日の思い出と、慈しみの心とをその地に残して___
朱雀の章 礼美奈
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そして、黒き剣携えたる青龍の乙女と出会う。
白虎の章 李
異界の章 悠紀
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___資格無き者、振れる事無かれ、それ死を意味するなり___
扉は静かに少女を待っている。だが、触れたとたん身がはち切れるかもしれない。
その想いが恐怖となって少女を襲った。柔らかな指先が小刻みに震え、
近づきそうになっては遠ざかる。
少女は差し出した手を引き戻し、左胸に両手を添えた。
目をつぶる。
死が怖いのではない。あの世には亡き者達も待っていよう。
怖いのはあの人に会えなくなるという事、
今も必ずどこかで生きている。
生きてさえいれば、明日にでも会えるのかもしれない。
でも。もう、もたない。と、思う。あの人なしでは。
そう、私はあの人を・・・
少女はその時、初めて自分の気持ちに気がついた。
目を静かに開く。
少女の瞳は、扉の遥か向こうにいる人物を見ていた。
己の信じたことの為には、ためらう事無く突き進め!
そう語った、あの人の言葉が、鮮やかに蘇る。
そうこれはあれと同じ事。
その先には、幸福と破滅が隣合わせに待っていて、それでも、それをせずにはいられない。
私は・・・
少女はゆっくりと、けれども揺るぎない意志を持って、扉に、手を、触れた。
とたん、扉から凄じいエネルギーが少女の身体に流れ込み、逆に、
少女の全身から力が吸い取られていくのを感じた。
「あっ、ああ〜〜。」
やがて少女の身体は光のシルエットに変わり、その光も徐々に強さを弱めると、
後にはただただ、洞窟の静かな闇と、扉のみが、無言の内に横たわっていた。
愛する者達を失い、愛する男を追わんがため、少女は次元の扉を超えた。
伝説の章
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「悠紀か?長い夢を見ていたよ。幼少の頃より見ていた夢だ。後悔はしていない。
ただ、間違っていたすれば、それは自分の力を、可能性を、疑ったことだな。
例えそれが神であろうと、自分の夢を他の力に頼った時点で俺は負けていたのだ。
そうだろ?」
「え、ええ。」
「泣くな。お前が悲しむ必要はない。お前は俺との約束を守ってくれたのだ。
お前は俺を救ってくれたのだ。」
「けれど私はあなたが旅立つのを止めることが出来なかった。」
「気にするな。誰であろうと、俺の行く手を、いや、信念を持ったものの行く手を
止めることは出来んさ。・・・なあ、悠紀よ。俺はお前を本当の妹のように思って来た。
美しい、俺の宝だった。俺は悪い兄貴だったが、お前の幸福を心から願っている。
戦いなど忘れた方がいい。戦った後の結末はいつもこうだ。
男は歴史に名を残し、女は新たな生命を残す。それが普遍の真理だ。
永遠の時の流れの中で、人間は生まれいでて、生き続け、死んではまたいづる。
運命は存在する。でもそれは神が与えたものではない。俺たちが生きた結果だ。
新たな運命を、可能性を作り出す___それが俺たちが生きる理由だ。」
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「悠紀。俺は自分の世界に帰る。」
「・・・勝手にすればいいわ。」
悠紀は冷たくそう言い放った。が、霊鬼は構わず続けた。
「おもえば、俺は今まで逃げてばかりいた。情けないほどに。
だが、それも今日限りだ。今日を限りに、俺は卑怯な自分を捨てる。もう逃げない。
敵がどんなに強かろうと、実の兄であろうと、民衆のために俺は戦ってみせる。
そして、力王の夢を、お前の夢を、俺が果たしてやる。俺がお前に見せてやる。
そしていつでも、いつまでも、俺がお前を守ってやる。悠紀。俺について来い。」
悠紀は静かに顔を上げていた。そして、身体が例え様もなく震えるのを感じていた。
「・・・力王?」
悠紀は、霊鬼に力王の面影を見た。そして、この身が震えるのは、
霊鬼が力王と同じことを語るからなのだ、と自分に言い聞かせた。
「さあっ。」
霊鬼は、手を差し伸べると優しく微笑んだ。その瞳には、深い愛情が込められていた。
それを見た瞬間、悠紀は素直に認識した。
いや、違う。私は、この男_霊鬼_を愛しかけているのだと。
「ええ。」
そう答えると悠紀は、霊鬼の手に自分の手を添えた。
霊鬼はその柔らかい手を優しく握り締め、悠紀を引き起こした。
悠紀はその手の暖かさに誘われるままに、霊鬼の胸の中に飛び込んでいった。
その安心感からか、力王を忘れようとしている自分に対してか、とにかく
悠紀は霊鬼の胸の中で再び泣き始めた。
それが愛しくて、霊鬼は悠紀の髪を額からかきあげてやった。
悠紀はゆっくりと顔を起こし、一度霊鬼を見つめると、静かに目を閉じた。
霊鬼はその頬を優しく両手で包み込んだ。そして・・・
恋人たちの神聖な儀式を祝福するかのように、『青』『赤』『白』『黒』、四つの宝玉は
美しい光を放ちながら、いつまでもいつまでも、二人の周りをとび回っていた。